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長野地方裁判所松本支部 昭和62年(ヨ)55号 決定 1989年2月03日

債権者

古田耕

右代理人弁護士

高野尾三男

債務者

新日本ハイパック株式会社

右代表者代表取締役

斎藤丹次

右代理人弁護士

久保田嘉信

右復代理人弁護士

林一樹

主文

債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

債務者は債権者に対し、昭和六二年六月一九日以降本案判決確定に至るまで毎月二八日限り、一か月当たり二七万九、九三三円の割合による金員を仮に支払え。

債権者のその余の申請を却下する。

申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の申立

一  債権者

1  主文第一及び第四項と同旨

2  債務者は債権者に対し、昭和六二年六月一九日以降本案判決確定に至るまで毎月二八日限り、一か月当たり二八万二、八一一円の割合による金員を仮に支払え。

二  債務者

1  本件申請をいずれも却下する。

2  申請費用は債権者の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

1  債務者(以下「会社」という。)は、昭和三八年五月一〇日各種段ボール、各種紙器等の製造、販売等を目的として設立された株式会社で、肩書地の本店所在地に工場(以下「松本工場」という。)を有し、昭和六二年六月当時従業員一一〇名前後を擁していた。債権者(昭和一二年九月八日生)は、松本市内の高校を卒業後他の会社勤務を経て、昭和三九年一一月一六日会社に雇用され、以後一貫して松本工場に勤務し、断裁係、ゴム印係、印刷係、あるいは製品出荷係等の業務に就き、昭和五八年八月二一日からは生産第一課原紙係に所属して、原紙運搬業務に従事していたものである。なお、会社の従業員によって昭和四〇年一一月組織された新日本ハイパック労働組合(以下「組合」という。)があり、債権者は、その組合員である。

2  債権者は、昭和六一年一一月七日、同月二一日及び昭和六二年五月二九日の三回に亘って、いずれも自らの不注意によって、原紙保管場所から指定された原紙と異なる原紙を抽出して、段ボール製板機(コルゲート)まで運搬したことにより、原紙は段ボール製板工程に乗せられて、製品化され、そのため、右第一回目のときは、本来、発注者が引き取らなければ、会社に対し二八万円相当の損害を被らせたところであったが、発注者の了承を得て、引き取ってもらったため、会社に経済的損失を被らせることはなかったものの、第二回目のときは故紙として処理せざるを得なかったため、処理費用を含めて一九万七、七七四円の損失を、第三回目のときは、発注者に対し値引をして引取ってもらわざるを得なかったため、一五万〇、七二六円の損失を会社に被らせた。

3  会社は債権者に対し、昭和六二年六月四日口頭をもって前記三件の配紙ミス(以下「本件配紙ミス」という。)を理由に、系列会社である東日本ハイパック株式会社(以下「東日本ハイパック」という。同社は、会社と同じ事業目的のもとに昭和四一年九月一日設立され、本店を福島県福島市に置き、工場を本店所在地のほか、山形県及び宮城県内に有しているが、会社及び東日本ハイパックは、いずれも、同じ事業目的のもとに昭和二五年一二月一五日に設立され、愛知県春日井市に本店を置く日本ハイパック株式会社(以下「日本ハイパック」という。)のいわば子会社の関係にあるのであって、右三社の会長及び社長は、それぞれ同一人が兼務し、その他の役員のなかにも、兼務の者がいる。)へ出向(いわゆる「在籍出向」)を命ずるから、同月一五日までに着任するよう出向の内示をしたところ、債権者は直ちにこれを拒否したが、会社は、同月一一日に右内示どおり同月一五日付で右出向を命ずる旨の辞令書を債権者に交付し(以下この辞令書に基づく出向命令を「本件出向命令」という。)、債権者は一旦はこれを受領したが、翌日会社に対し、出向拒否の理由を記載した「申入書」と題する書面を添えて右辞令書を返還した。かくして、同月一五日には、債権者と会社の副社長らとの間に、右出向について話合がもたれたが、その席上会社側は債権者に対し、「本人のためになるから、勉強のため福島へいくように」という趣旨の説得を繰り返すのみで、右出向先における職務内容、出向期間等についての具体的な説明はなく、また右申入書には、出向した場合債権者の家庭は大きな打撃を受ける旨が記載されてあったにも拘らず、その点について、会社が債権者から事情を聴取することはなく、他方、債権者も前記内示があった後一貫して、出向に応じない態度を翻すことはなかった。

4  会社は債権者に対し、昭和六二年六月一七日付内容証明郵便をもって、債権者が正当な理由なく本件出向命令に従わなかったことは、出向を定めた労働協約二二条一項、就業規則一三条に違反するものであって、同規則八三条二号に規定する「故意に事業の運営を阻害し、又は会社秩序の維持に相当の支障ありと認められるとき。」の懲戒解雇事由に該当するとして、同規則一九条の解雇基準の規定に基づき同月一八日付で懲戒解雇する旨の意思表示をし、同郵便は翌一八日に債権者に到達した。

以上の事実が一応認められる。債権者は、前記の六月四日の内示の際、会社は債権者に対し、「仕事上のミスにより就業規則の規定にある制裁措置に基づいて、東日本ハイパックに転勤を命ずる。」趣旨の説明をした旨主張し、(疎明略)及び債権者本人の審尋の結果中には、これに沿う部分があるが、これは、(疎明略)に対比して措信せず、他には右主張事実を疎明するに足りる証拠はない。

以上認定の事実及び草間岩男の審尋の結果を総合すれば、本件出向命令は、会社及び東日本ハイパック間の業務応援、その他東日本ハイパック側の業務上の必要性、あるいは会社における人員整理、その他会社全体の人事の合理的な配置等の必要性に基づくものではなく、あくまでも、債権者が本件配紙ミスを犯したということを契機として、債権者に対し、同種のミスを犯すことのないように、意識改革を期待する趣旨の研修目的のものであったこと(制裁措置としての意味合いも兼ね備えるものであったか否かの点は措く。)が認められる。

二  債権者は、本件出向命令は、債権者がその業務の執行中、本件配紙ミスをしたことをとらえて、その生活も、意思も全く無視し、制裁措置として、遠隔地に出向を命ずれば、退職するであろうとの見込のもとになされたもので、合理性を欠く無効なものであるから、債権者において同命令に応ずる義務はなく、したがってこれに応じなかったことを理由に行われた本件懲戒解雇は根拠を欠き無効である旨を主張し、債務者は、本件出向命令は、債権者の再教育のためのもので、正当な人事権の行使の範囲内のものであるところ、これに従わなかったことにより会社の秩序を乱したことに基づく本件懲戒解雇は正当である旨を主張するが、本件出向命令が、債権者主張のごとく制裁措置として、かつ退職を見込してなされたか否かの点は、措き、前記認定の研修の目的のみのものとしても、果たして有効なものか否かの点について、まず判断する。

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、会社が本件出向命令の根拠として主張する労働協約二二条一項は、「会社は業務の都合により組合員に異動(転勤、出向、配置転換又は昇格、昇進)を命ずることがあり、組合員はこれを拒むことができない。但し組合四役(執行委員長、副委員長、書記長、書記次長)の転勤、出向については、原則として七日前に組合と協議し合意を得るものとする。転勤・出向・配置転換・業務の引継などについては、就業規則の定めるところによる。」というものであるが、債権者は組合四役には入らないこと、また会社が右同様根拠として主張する就業規則一三条は「業務上の都合により、従業員に転勤又は出向を命ずることがある。前項により転勤、出向を命ぜられた者は原則として、発令の日から単身者の場合は三日以内に、その他の場合は七日以内に赴任しなければならない。」というものであること、しかし、また労働協約三条には、「組合は新日本ハイパック株式会社の従業員(日本ハイパック株式会社、東日本ハイパック株式会社等関連会社よりの出向者を含む。)をもって組織する。但し下記の者は組合員になれない。(中略)(6)日本ハイパック株式会社、東日本ハイパック株式会社への出向者。但し、前記以外の関連会社への出向者については別に協議して定める。(後略)」とあること、会社から東日本ハイパックへ、昭和五〇年九月から昭和五一年四月までの間において一般職者二名、役職者一名、昭和六〇年八月に役職者一名の出向の例があったこと(なお、会社から日本ハイパックへの出向の例は、東日本ハイバックへの出向の例に比べ、はるかに多いものとなっている。)、会社、東日本ハイパック及び日本ハイパックのそれぞれの就業規則及び賃金規定の内容は、同一のものであること、債権者も会社入社時において、右出向に関する記載のある就業規則について会社から説明を受け、系列会社への出向のあることにつき、これを了知していたこと、しかし、右労働協約及び就業規則の各規定のほかには、復帰の点を含め、出向の諸条件について具体的に定めた規定はなく、復帰することができるかどうかは、すべて出向元の裁量に係るものであることが一応認められるところ、以上認定の事実関係のもとにおいて検討すれば、会社には、右労働協約及び就業規則の各規定のほかには、出向の諸条件について具体的に定めた規定は見当たらないところであるが、右労働協約及び就業規則の各規定は、会社において債権者に対し、労働契約の内容として明示した労働条件の範囲内にあるものとして系列会社への出向を命ずることのできる特段の根拠となるものと解するのが相当である。

しかし、会社において本件出向命令を債権者に対し発することにつき、特段の根拠があるとしても、もとよりその権利の行使は信義誠実の原則に従ってなされるべきであり、当該具体的事情のもとにおいて、出向を命ずることが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、右命令は、信義則違反ないし権利の濫用に当たるものとして、無効となることはいうまでもない。

そこで右の点につき検討するに、前記認定の経緯に、疎明資料及び審尋の全趣旨を総合すれば、次の事実が一応認められる。

1  債権者は、前記のとおり、昭和三九年一一月会社に入社して以来、昭和六二年六月現在で勤続二二年余であり、この間工員として、各種の係を経て、昭和五八年八月から、原紙係として原紙運搬業務に従事しているが、昭和五一年三月には、職務遂行能力によって九等級に分類された職能等級の「五級」に昇格した。これは、一般職としては、最上位に位置し、係程度の小部門の長で、指導監督的役割をもつ統括責任を果たすこと、あるいはその能力のあることが期待される地位のものであったが、生産第一課の原紙係としては、A班、B班と称する二班による二交替の勤務体制のうち、債権者はB班を一人で担当していたもので、部下はいなかった。

2  債権者の業務内容は、クランプリフトを用いて、段ボール原紙をその保管場所から段ボール製板機(コルゲート)まで運搬する作業であり、作業時間は、正午からの四五分間の休憩を挟んで午前八時一五分から午後四時四五分までであるが、正午の休憩を除いてはコルゲートが作動している間は、休憩時間が殆どとれない状態であった。しかも、原紙の種類が、ライナー、中芯及び紙巾等により百数十種類もの多岐に亘り、運搬回数も一日約八〇〇回から一、〇〇〇回にものぼり、かつ迅速を要求されるもので、かなり厳しい労働内容であり、生産第一課における作業全体においても、会社の種々のミス防止対策にも抱らず、事故件数は、昭和六二年三月度から同年六月度だけでも、債権者の前記配紙ミスを含め、延べ一〇九件にのぼり、それによる実損害額は一二一万円余に達しており、作業現場からミスを完全に防止することは、至難のところであった(右期間内においても、債権者のミスは、二件、損害額一〇万円と評価されているが、他の従業員で、ミスが二件以上の者(最高は二九件)だけでも一四名おり、損害額も、多いもので一七万円余に達している。)。かくして、会社は、かねてから、作業事故を起こした従業員に対し、事故報告書を作成させるとともに、事故事実を工場内に掲示し、また就業前後の従業員によるミーティングの際にも報告して、他の従業員らにも知らしめて、注意を喚起するとともに、事故を起こした従業員に対し、上司から注意を与え、あるいは配置転換したりして事故防止に努めてきたが、過去に一般職者に対し作業ミスを理由に出向を命じた例はなく、また就業規則七九条には、「従業員が、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠ったとき」などにおいては懲戒する旨が規定され、同規則八〇条には、懲戒の種類として、「譴責、減給、出勤停止、降格、懲戒解雇」の五種類が定められていたが、作業ミスを理由に、懲戒した例はなかった(もっとも、かつて、ペナルティーと称して、ミスをした者から、金銭を徴する制度を設け、実施したことがあったが、組合の反対により、中止に至っている。)。

3  しかも、債権者においては、原紙係の業務に就いた後、本件配紙ミスを犯すまでのおよそ三年余りの間においては、殆どミスはなく、また、本件配紙ミスのうち昭和六一年一一月中に犯した第一回目と第二回目についても、直ちに事故報告書を提出していたが、以上のミスについては、格別の処分もされなかったし、会社からも、特に債権者はミスが多いとの指摘もされなかった。

4  さらに、原紙がコルゲートに装填され、製品化するまでの連続した作業工程の間においては、各部署に担当の従業員がいて、それぞれが工程に乗せられた原紙が指定のものと相違ないかをチェックする勤務体制となっており、本件配紙ミスについても債権者とともに責任を問われるべき従業員が二名いたが、その者達に対しては、業務経験年数が少ないなどの理由により、上司から注意がなされたなどの軽微の措置にとどまった。

5  ところで、債権者は、本件配紙ミスのうち、第一回目と第二回目については、格別の処分もなく推移していたところ、半年を経た昭和六二年五月に犯された第三回目のミスを契機として、俄に、福島の工場勤務を趣旨とする本件出向命令がなされたのであったが、債権者としては、それまでの作業ミスに対する会社の対応状況に照らして、せいぜい給与の面の査定において影響があるかもしれないとは考えていたが、これまで、作業ミスを理由として、一般職者に対して、出向を命じた例がなかっただけに、本件出向命令は全く予期しない措置であった。

6  債権者は、昭和三九年一一月入社して以来一貫して松本工場に勤務し、肩書地に住家を所有し、本件出向命令当時、家族は妻と長男のみであったが、長男は、岩手県内の大学に在学しているため、別居しており、妻は、三叉神経症候群に罹患し、治療継続中の身であって、住家の近くの会社に勤務していたが、症状が増悪するときは、看病を要し、債権者がその看病に当たっていた。そのため、債権者において妻を一人松本に残して、単身で、福島県内に赴任することは、その看病の面からも困難であったし、病身の妻を、退職させて同伴し、初めての土地に赴任することは妻の健康の面からも、また長男に対する仕送りの資金を調達する面からも、重大な影響を受けざるを得ないものであった。

7  しかも、会社が、本件出向命令をなすに当たり、同命令が債権者の家族に及ぼす影響について配慮した形跡はなく、また、本件配紙ミスは、指定された原紙と異なる原紙を抽出したという単純な確認ミスの性質のものであって、これを改善するために特別な技能修得を要するという性質のものではなかった。

以上の事実が一応認められる。

会社は、本件出向命令は、債権者をして、東日本ハイパックにおいて同社の「クランプリフトの標準作業」と題する書面に基づく、作業手順、基準、ポイントとその理由を体験させ、出向終了後その研修の成果を会社の同業務部門に応用し、もって会社の業務を充実させる業務上の必要性があったのであり、会社が命ずる出向期間は一年ないし三年を基準としているが、債権者の場合、出向先での標準作業の作業手順を体得し、会社に右作業手順を円滑に応用できるようなチェック体制、及び手順の制定とその管理能力を身につけてもらうための期間として最高三年を考えていた、東日本ハイパックの工場長は従業員の教育指導が上手であり、債権者の職能級五級の地位からして同人に右工場長の指導管理を直接体験させ、東日本ハイパックにおける配紙業務を体験させ、リーダー格としての研鑚を期待するのが最善の方法と判断した旨を主張するが、債権者の従事していた原紙運搬業務においては、債権者がリーダーとして指導すべき部下はなく、本来、会社が本件出向命令に及んだ趣旨は、前記認定のとおり、本件配紙ミスを契機として債権者について以後配紙ミスのないように、意識改革の必要性を認識したからにほかならなかったのであって、会社が、本件配紙ミスを契機として、債権者に対し、原紙運搬業務のみでなく、より広くクランプリフトの標準作業手順を修得させ、もって、同部門全体における指導的役割に昇進させることを意図したものでは決してなかったし、もとより会社より本件出向命令について会社がそのようなことを意図していることについて、債権者に対し説明がなされたことに沿う証拠はない。これを要するに、原紙運搬作業に長年に亘って従事してきた債権者にとって、原紙運搬業務に必要な知識経験において、格別研修をしなければ、同業務を処理できない点のあったことを認めるに足りる証拠は見当たらず、本件配紙ミスは単純な確認ミスの性質のもので、この点の意識改革を求める必要性のあることは肯認できないではないが、そのために会社の主張するような体験を松本工場を離れて遠隔の地の東日本ハイパックにおいて最長三年間に亘って受けさせなければならないという点について、合理的な根拠があるものとは、とうてい理解し難い。

すなわち、本件出向命令は、本件配紙ミスを契機として債権者の再教育の必要性からなされたものではあるが、その再教育のために、松本工場を離れて遠隔の地の東日本ハイパックにおいてこれをなさざるを得ない合理的理由が見当たらないばかりか、本件出向命令は債権者にとって家庭生活上重大な支障を来たし、極めて過酷なものであるにも拘らず、その点につき会社はなんら配慮した形跡がなく、さらに前記認定の債権者のみならず、他の従業員らの作業ミスに対する会社の従前の対応の仕方、会社から系列会社への出向事例にみられるその目的と人選の内容等を総合考慮すれば、本件出向命令は、その余の点につき判断するまでもなく、会社及び債権者間の労使の関係において遵守されるべき信義則に違反した不当な人事であり、権利の濫用に当たり無効のものと云わざるを得ない。

三  さらに、債権者は、従業員の懲戒については、労働協約二四条の委任による就業規則八一条前段により、原則として賞罰審査委員会に諮ってこれを行うこととされているにも拘らず、会社は、同委員会を開催することなく、一方的に本件懲戒解雇に及んだのであって、重大な手続違背を犯している旨を主張するから、判断する。

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

1  労働協約二四条は、労働協約「第三章人事」のなかに、特に「懲戒」との見出しのもとに、一か条だけ設けられているもので、その内容は、「懲戒の原則、種類、方法、並に懲戒解雇の基準については、就業規則による。」というものであり、就業規則八一条は、就業規則「第一〇章懲戒」のなかに、冒頭に「懲戒の原則」を定めた七九条、「懲戒の種類」を定めた八〇条に続いて、「懲戒の方法」との見出しのもとに、その方法としては一か条だけ設けられているもので、その内容は、「従業員の懲戒は原則として賞罰審査委員会に諮ってこれを行う。必要ある場合は告示する。」というものであるところ、会社は、本件懲戒解雇をなすに当たり、全く賞罰審査委員を選任しようともしなかったし、もとより同委員会に諮ることもしなかった。ところで、賞罰審査委員の選任に関する手続規定はいまだに定められていないが、過去において、従業員の飲酒による暴力事件の際、組合の役員も入って、賞罰審査委員会が開催された例があった。

2  しかも、組合において、会社から本件懲戒解雇をなす際、事前に説明等を受けたことはなく、債権者から本件懲戒解雇がなされたことの連絡を受けて、組合役員が会社に抗議し、説明を求めたところ、会社側から、始めて一応の説明がなされたが、その内容も、結局は、人事権を楯に本件懲戒解雇を正当化する態度に終始するものであって、その是非について、組合と協議する姿勢は全くみられなかった。

以上の事実が一応認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

会社は、賞罰審査委員会の就業規則上の存在は、将来必要に応じて、委員選任の手続規定とその賞罰審査委員会の機能を取り決めて実施するであろう旨の宣言規定であって、現就業規則において手続的に賞罰審査委員会の構成が保障されていない以上、使用者はこれに拘束されないことも就業規則の性格から当然である旨を主張するが、右懲戒に関する労働協約と就業規則の各規定が、単なる宣言規定に過ぎないものと解さなければならない根拠は、全疎明資料を検討しても全く見当たらないばかりか、右各規定の体裁、文言並びに右認定の事実関係を検討すれば、右各規定は、まさに、従業員に対する懲戒処分については、賞罰審査委員会において協議し、その結果を会社の懲戒権の行使に反映させることによって、その行使が、会社の恣意、独断に亘らず、公正に行われることを保障しようとした趣旨のものと解されるのであって、もし右主張のごとき見解に立てば、会社は、賞罰審査委員の選任等の手続規定の整備を行わない限り、いつまでも、賞罰審査委員会に諮らずに、懲戒権を行使することが許容される結果となり、かくしては、右労働協約及び就業規則の各規定の趣旨は、会社の恣意によって全く没却されることとならざるを得ないところ、かかる事態はとうてい首肯できるものではないから、右主張は支持し難い見解と云わざるを得ない。

もとより、右労働協約と就業規則の各規定が、賞罰審査委員会において一定の議決を得ることまでを懲戒処分の有効要件とした趣旨のものとは、直ちには解されないが、しかし、少なくとも、労使双方が信義則に基づき誠実に懲戒処分の正当性をめぐって協議することを要請しているものと解すべきものであるから、この限りにおいて、従業員に対し、懲戒処分における重要な手続的保障を規定した趣旨のものと解され、したがって、この手続を懈怠した懲戒処分は、当該懲戒事由の内容、当該処分の種類・内容、手続懈怠の事情如何によっては、労使の関係を規律する信義則に違反する程度が著しいものとして、無効となる場合があるものと解するのが相当である。

しかるところ、前記認定のとおり、本件懲戒解雇については、賞罰審査委員会が開催されなかったのであるが、その解雇処分を決定するに際して、同委員会の趣旨・目的に沿って委員を選任し、同委員会を開催することが、事実上不可能であったとか、あるいは、実質的に同委員会の協議に代わるものと見られる話合が、会社と組合との間においてなされたとか、その他開催をしなかったことについて、合理的な理由が存在したなどの事情についてこれを疎明するに足りる証拠はなんら見当たらないのである。そうすると、本件懲戒解雇は、懲戒の種類において最も重いものであって、債権者の地位・生活に重大な影響を及ぼすものであるところ、その解雇事由は、作業ミスを原因とする出向命令に従わなかったというところにあるのであるから、その正当性を判断するに当たっては、当該作業ミスに対する評価とともに、出向命令の妥当性をめぐって、慎重なる検討を要するものであって、まさに賞罰審査委員会に諮るべき重要な案件であったにも拘らず、会社においては同委員会の開催手続を、なんら合理的理由もなく懈怠したことは、重大な信義則違反を犯したもので、右手続の懈怠は本件懲戒解雇を無効ならしめるものと解すべきである。

四  したがって、本件懲戒解雇は、本件出向命令が権利の濫用に当たり無効のものであって、債権者がこれを拒否したことには、正当の理由があるから、右拒否をもって就業規則八三条二号の解雇事由に該当するものと認めることができない以上、本件懲戒解雇は、右就業規則の規定の解釈ないし適用を誤ったものとして無効のものと云うべきであり、かつ就業規則八一条前段の懲戒手続においても、重大な瑕疵があって、著しく信義則に違反し、この点からも無効のものと云うべきである。

五  したがって、債権者と会社との間には、現在なお、従前の雇用契約が存続しているものと云わざるを得ないところ、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債権者は、その雇用契約上の権利行使につき、会社から本件懲戒解雇を理由に不利益を被らせられる虞れのあることが一応認められるから、債権者が会社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める必要性があるものと云うべきである。

また、前記認定の事実に、疎明資料及び審尋の全趣旨を総合すれば、会社は本件懲戒解雇処分後債権者の就労を拒否し、賃金を支払わないこと、右解雇の意思表示前三か月間の債権者の平均賃金は、月額二七万九、九三三円であり、賃金の支払は毎月二八日になされる定めであること、債権者は、会社から毎月支払われる賃金を唯一の収入とする労働者で、住家のほかには別段の資産もなく、岩手県内の大学に通う長男に対する仕送りを考慮すると、妻の収入にも拘らず、債権者が会社から支払われる賃金が、家計費の重要な部分を賄うものであって、この収入の途を絶たれては、債権者及びその家族の生活が困難となり、回復し難い損害を被ることが一応認められるから、本案判決確定に至るまで、会社に対し、債権者の右平均賃金の範囲内において仮払金の支払を命ずる必要性があるものと云うべきである。

以上の次第で、債権者の本件仮処分申請は、右の限度において理由があるから、右の限度で保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないから、これを却下することとし、申請費用について民事訴訟法第八九条、九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鈴木健嗣朗 裁判官 仙波英躬 裁判官 松田亨)

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